右門捕物帖
卒塔婆を祭った米びつ

佐々木味津三

右門捕物帖
卒塔婆を祭った米びつ書籍情報


底本:「右門捕物帖(三)」春陽文庫、春陽堂書店
   1982(昭和57)年9月15日新装第1刷発行
入力:tatsuki
校正:kazuishi

右門捕物帖
卒塔婆を祭った米びつ 10

佐々木味津三

「さ! うちを捜すなおめえの役だ。はええところ三つ輪のお絹がとぐろ巻いている穴を捜し出しな」
「ここだ、ここだ。駕籠を止めたこの家ですよ。家捜し穴捜しとなりゃ、伝六様も日本一なんだからね。おおかたここらあたりだろうと、鼻でかいでやって来たんだ。さ! 乗り込みなせえよ」
 しかし、名人はなに思ったか、表からははいらずに、ずかずかとそこのめくら路地をぬけながら、裏口へ回っていくと、しきりに家の棟(むね)の様子を探っていましたが、ふと目についたのは庭奥の物置き小屋らしい一棟でした。
「ほほう、あれだな」
「え? あの物置き小屋がどうしたんですかい」
「いくらばくちはお上がお目こぼしのいたずらだっても、うちの表べやでやっちゃいねえんだ。あの物置き小屋がいんちきばくちの開帳場にちげえねえから、しりごみしていずと乗り込みな」
 押し入ろうとしたせつな!――はしなくも聞こえたのは、ガラガラポーンという伏せつぼの音ならで、悲鳴に近い女の叫びです。
「いやでござんす! そんなこと、そんないやらしいこと、何度いわれてもいやでござんす!」
 しかも、ドタンバタンと必死に抵抗でもしているらしいけはいがあったので、一躍、ガラリ――、さっそうとしておどり入ると、高窓一つしかない暗いへやの中を鋭くぎろりと見まわしました。同時に目を射たのは、怪しげな三人の姿です。ひとりはいぎたなく立てひざをした四十がらみの大年増(おおどしま)。むろんそれが女ばくちのしれ者と名の高い三つ輪のお絹に相違なく、その隣にてらてらと油光りのする卑しい顔に、みだらな笑いを浮かべて、つくねいものごとくすわっていたのは、ひと目にいなかの物持ちだんなとわかる好色そうな五十おやじでした。そのおやじの淫情(いんじょう)に燃え走る油目に見すくめられながら、へやの片すみに、三十そこそこの、ひとふぜいもふたふぜいもある、美人ぶりなかなかによろしい中年増がふるえおののいていたのを見つけると、我を忘れて、きょうだいが武者ぶりつきながら、おろおろと叫びました。
「かあだ! おっかあだ! 悲しかったよ。おらは、おらは、悲しかったよ。もういやだ。もうどっかへ行っちゃいやだよ。な! かあや! いやだよ! いやだよ!」
 左右から顔をすりよせて泣き入りました。――とたん! それと様子を察したとみえて、あたふたと五十おやじが逃げ走りだそうとしたのを、
「なんでえ、なんでえ。何をしゃらくせえまねしやがるんだ。おれの十手だって、ものをいうときがあらあ。じたばたすると、いてえめに会うぞ」
 押えとったは伝六。こういうふうな性の知れたお上りさんのおやじが相手となると、伝六も強くなるからかなわない。しかし、三つ輪のお絹はさすがにふてぶてしく横っすわりにすわったままで、にったりしながら名人に食ってかかったものです。
「騒々しいね。せっかく楽しみのところへ、どなたに断わってはいりましたえ。少しばかり男ぶりがいいったって、目のくらむあっしじゃござんせんよ」
「ウフフフフ。やすでの啖呵(たんか)をおきりだな」
 静かにいって微笑しながらずいとはいると、ずばり、あの生きのいい名人の名啖呵が見舞いました。
「おたげえ色恋がしたくて、こんなところをまごまごしているんじゃねえんだ。見そこなっちゃいけねえぜ。本所の一つ目にゃ目が一つしかねえかもしれねえが、むっつりの右門にゃできのいいやつが二つそろってるんだ。油っけのぬけたやつが、女衒(ぜげん)みてえなまねしやがって、何するんでえ。来年あたりゃ西国順礼にでも出たくなる年ごろじゃねえかよ。はええところ恐れ入りな」
「おいいですね。油けがぬけていようといなかろうと、大きなお世話ですよ。恐れ入ろとはなんでござんす。何を恐れ入るんでござんすかえ」
「へへえ。まだしらをきるな。むっつり右門の責め手も風しだいだ。凪(なぎ)とくりゃ凪のように、荒れもようとくりゃ荒れもようのように、三十六反ひと帆に張れる知恵船があるんだ。四の五のいや草香流も飛んでいくぜ」
「いえ、わたしが……わたしが何もかも代わって申します」
 ことばを奪って横合いからにじり出たのは、きょうだいたちを置きざりにして、悲しいうきめを見させたあの中年増です。
「何から申してよいやら、まことに面目しだいもござりませぬ。ここまでお越しなさりましたからには、おおかたもう何もかもお察しでござりましょうが、女だてらにだいそれたさいころいじりをやって、お米の代なりとかせがせていただこうとしたのがまちがいのもとでござりました。それもなんと申してよいやら、人取りの蛇人(へびひと)に取られたとでも申しますのか、こちらのお絹さまは少しも知らないおかたでござんしたなれど、貧には代えられませぬゆえ、せっぱつまって人のうわさをたよりにご相談に上がりましたら、近いうちに千葉のほうからお金持ちのおだんなさまが参るはずゆえ、そのおりいかさまころでも使ってもうけたらよいと、たいへんご親切そうにおっしゃってくださったのでござります。それゆえ、わるいこととは知りながら、秘伝書をたよりに夜の目も眠らず、つぼいじりを覚えこみ、これならと思って夜具ふとんまでも売ってこしらえたお鳥目を元手にやって参りましたところ、もともとがしろうとの悲しさ、かえってお絹さんたちのいんちきにかかりまして、だんだんと借金がかさむうちに――」
「お黙り! お黙り! めったなことをおいいでないよ! かえってお絹さんたちのいんちきにかかったとは、どこを押すとそんな音がお出だね。ありもしないことを泣き訴訟すると承知しないよ」
 きんきんとかん高にがなりながら、三つ輪のお絹が横からのさばり出て折檻(せっかん)しようとしたのを、
「うるせえや。舌抜いて、田楽(でんがく)にでもしておきな」
 きゅッと名人が軽く草香流でその手をねじあげておくと、さわやかにいいました。
「よし、もうあとはわかった。かえってお絹たちのいんちきにかかり、だんだん借金がかさむうちに、金で払うことができねばからだで払えとでもいって、このろくでもねえいなかひひおやじと、そっちの四十ばばあの女衒(ぜげん)とふたりが、きょうまでおめえさんをここへ閉じこめて、毎日毎日責め折檻していたんだろう。どうだ。ずぼしは当たったはずだが、違うか、どうだ」
「あい、お恥ずかしいことながら、そのとおりでござります。心の迷いで、ついふらふらとばくちなぞに手は染めましたなれど、まだわたしは女の操までも人に売るはした女(め)ではござりませぬ。それゆえ、逃げよう逃げようと存じましてずいぶんと争いましたなれど、借金のあるうちはこっちのからだだとおふたりさまが申しまして、いっかな帰しませぬゆえ、子どもたちのことを案じながらも、つい今までどうすることもできずにいたのでござります」
「バカ野郎ッ。やい、いなかのひひじじいのバカ野郎ッ」
 聞いてことごとく江戸まえの憤りを発したのは伝六でした。
「腹がたつじゃねえか。話を聞いただけでもむかっ腹がたたあ。つら見せろ。やい! バカ野郎ッ、つらを見せろ!――ちぇッ、なんてうすみっともねえつらしているんだ。そんな肥くせえつらで、江戸の女のそれもこんなべっぴんをものにしようったって、お門が違うぜ。ほんとにくやしくなるじゃねえか。おひざもとっ子のみんなになり代わって、おれが窮面してやらあ。ざまあみろ。もっとおとなしくしていろ。じたばたすりゃ、もっといてえめに会わしてやるぞ」
 きゅうきゅうしめあげておくと、伝六のきょうの働きというものはおどろくくらいです。
「そっちのお絹のあまも同罪だ。きっとこりゃひひじじいと相談して、まんまとここへおびきよせてから、いんちきばくちのわなにしかけ、若後家のおかみさんをものにしようとしたにちげえねえからね[#「ちげえねえからね」は底本では「ちげねえからね」]。はめ込み女衒(ぜげん)のだまし罪ゃ入牢(じゅろう)と決まってるんだ。ついでにふたり、伝馬町へ涼ましに送りますぜ」
「よろしい。手配しろ」
 早いこと、早いこと、名人の命令一下とともに、たちまちもよりの自身番から小者を連れてきて、いなかだんなと三つ輪のお絹のなわじりを渡しておくと、伝あにいがまたなんともかともいいようなく、おつに気どりながら、すそなぞのほこりをパンパンとはたいていったものでした。
「えへへへ。やけに胸がすっとしやがったな。だから、お番所勤めはやめられねえんだ。いえ、なにね、このくれえの芸当なら、あっしだってもときどきぞうさなくかたづけるんですよ。ときに、いっぺえやりますかね」
 ひとりで心得ながら出ようとしたのを、
「まて、まて。まだ用があるんだよ」
 静かに名人が呼びとめると、不意にいいました。
「おまえ、へそくりを三両持っていたね」
「へえ……?」
「とぼけるな。ゆうべおまんまごしらえをしながら、ひとりごとをいってたじゃねえかよ。へそくりが三両たまったんだが、どうすべえかな。くれてやる女の子はなし、善光寺参りに行くにゃまだちっと年がわけえし、何に使ったものかなと、しきりに気をやんでいたが、今も持っているだろうな」
「ちぇッ。なんてまあ、だんなの耳ゃ妙ちくりんな耳でしょうね。聞いてもらいてえことはちっとも聞こえねえで、聞かなくともいいことはやけに耳ざとく聞こえるんだからね。三両へそくりがあったら、どうしたというんですかい」
「ここへみんな出しな」
「へえ……?」
「出しゃいいんだ。そんなに心配するほど使いみちがなけりゃ、おいらが始末してやるよ」
 ちゃりちゃりきんちゃくをはたかして三両の小判を手にすると、それに名人みずから十枚のやまぶき色を添えながら、そこに泣きぬれている若後家にざくりと手渡していいました。
「子どもがかわいそうだから、ふたりの志だ。どんなに貧乏しようとも、まっとうな世渡りするほどりっぱなことはねえ。これからけっしてさいころいじりなんぞに手出ししちゃいけませんぜ。十三両ありゃ、一年や二年寝ていても暮らせるが、働くこうべに神宿るだ。これを元手に、何か小商いでもやって、子どもたちにうまいおまんまを腹いっぺえたべさせておやりなせえよ」
「えれえ。ちくしょう。どう考えても、だんなはおらよりちっとえれえね。三両のへそくりをここへ使うたあ気に入った。めんどうくせえから、みんなはたいてやらあ。ね、ほら、まだ小粒銀が六つ七つと、穴あき銭が二、三枚ありますよ。けえりにあんころもちでも大福もちでもたんと買ってね、子どもたちのその落ちくぼんだ目玉をもとどおりに直させておやんなせえましな。へえ、さようなら――」
 伝六またなかなかにうれしい男です。――すいすいと秋風が吹き渡って、大江戸の町なかもしみじみとした秋でした。