右門捕物帖
卒塔婆を祭った米びつ

佐々木味津三

右門捕物帖
卒塔婆を祭った米びつ書籍情報


底本:「右門捕物帖(三)」春陽文庫、春陽堂書店
   1982(昭和57)年9月15日新装第1刷発行
入力:tatsuki
校正:kazuishi

右門捕物帖
卒塔婆を祭った米びつ 6

佐々木味津三

「おまえじゃ! おまえたちじゃ! たしかに、下手人はおまえたちであろう! きのうの夕がたうちの前をうろうろしていた様子がうさんじゃと思うていたが、きっと夜中に忍び込んで盗み出したのじゃ! さ! 白状しませい! せねば、こうしまするぞ!」
 女の身にあられもなくののしりわめきながら、新造のひとりが力まかせに小娘の手を取ってつねろうとしたのを、
「やい! 何しゃがるんだ、なんで手荒なまねしゃがるんだ」
 ついと横からしゃきり出て、景気のいい啖呵(たんか)をきりながら、身をもって小娘をかばったのは、江戸っ子中の江戸っ子をもって任ずる伝あにいです。
「だれに断わって、ふざけたまねしゃがるんだ。よしんばこの小娘が子ぬすっとの下手人であろうと、うぬらにかってな吟味折檻(せっかん)させてたまるけえ。それがために、こうやって、できのいいおらがのだんなが、わざわざとお出ましになっているんじゃねえか。てめえの子どもを盗まれても知らねえような唐変木が出すぎたまねしやがると、この伝六様が承知しねえぞ」
「…………※(疑問符感嘆符、1-8-77)」
「何をぱちくりやってるんだ。無傷で赤ん坊が手にけえりゃ文句はねえはずだから、とっとと抱いてうしゃがれッ[#「うしゃがれッ」は底本では「うしやがれッ」]。まごまごしてりゃ、おらがはあんまりじょうずじゃねえが、だんなの草香流はききがいいぞ」
 ぱんぱんとかみつくようなすさまじいけんまくに、肝をつぶしたのは子をとられたふたりの新造たちでした。あわてふためきながら、それぞれひとりずつ抱きあげてそうそうに帰っていったのを、名人は微笑とともに見送りながらことばを和らげると、やさしく小娘にききました。
「あのとおり、みんなが騒いでじゃ。おじさんはけっしてしかりませぬゆえ、はよう何もかもいうてみい」
「…………」
「のう! なぜいわぬのじゃ。どうしてまた、よその赤ちゃんなぞをふたりも盗み出して、こんなところに捨てたのじゃ。――いうてみい! のう! はよう心配ごとをいうてみい!」
 しかし、なぞの小娘は何も答えないのです。答えないで、じわりと大きなしずくをほうりおとすと、やにわに何を思いたったか、そこに残されていたあのかぼそくやせ衰えている女の子をひしと抱きしめるように取りあげながら、おどおどと恐れおののいている小さな弟を従えて、物のけにつかれでもしているかのごとく、ふらふらと表のほうに歩きだしました。しかも、同じように黙って、ただ泣きなきずんずんと通りを右に折れながら曲がっていったので、ことごとく首をひねったのは伝あにいでした。
「はあてね。まさかに、唖(おし)じゃねえでしょうね」
「…………」
「え? だんな! どうしたんでしょうね。唖なら耳が聞こえねえはずだが、こっちのいうことはちゃんと通じているんだ。通じているのにものをいわねえとは、いったいどうしたんですかね。え? ちょいと!」
「…………」
「やりきれねえな。気味わるくおちついていねえで、なんとかおっしゃいませよ。下手人はこの小娘にちげえねえんだ。さっき目色を変えて飛び込んできやがったご新造たちの口うらから察してみても、あのふたりの太った赤ん坊を盗み出して捨て子にしたのは、たしかにこの小娘にちげえねえんですよ。ね! ちょっと! 黙ってちゃわからねえんだ。黙ってたんじゃ何もわからねえんだから、なんとかおっしゃいませよ」
 しかし、名人はなにごとか早くも看破せるもののごとく、黙々としてただ微笑しながら、小娘の行くほうへ行くほうへと、静かにそのあとを追いました。小娘もまた、あとをつけてきてくれたら、すべての秘密となぞが解けるといわぬばかりに、みどり子をひしと抱きながら、泣きなき歩きつづけました。――十軒店(じゅっけんだな)を左に折れて俗称願人坊主の小路といわれた伝右衛門(でんえもん)横町、その横町の狭い路地をどんどん奥へはいっていくと、奇怪です。不思議な小娘は、しめなわをものものしげに張りめぐらしたそこの右側の扶桑教(ふそうきょう)祈祷所(きとうしょ)と見える一軒へ、主従ふたりを誘うかのごとくにおどおどとはいりました。同時に、伝六が息ばりながら十手を斜(しゃ)に構えとって、たちまち音をあげたのは当然でした。
「ちくしょうッ、気味のわりいところへ連れてくりゃがったね。扶桑教といや、ちんちんもがもがの行者じゃねえですか。べらぼうめ、もったいらしくしめなわなんぞ張りめぐらしゃがって、きっと子ぬすっとのにせ行者にちげえねえんだ。さ! 出てみせろ。ただじゃおかねえんだから、出てみせろッ」
「あわてるな! がんがんと声をたてて、逃げうせたらどうするんだ。役にもたたねえ十手なんぞ引っ込めてろッ」
 制しながら、名人はあごをなでなでおちつきはらって、小娘のあとからずかずかと押し入りました。

     4

 ――その出会いがしら、がなりたてた伝六の声を聞きつけたとみえて、奥の祈祷所の中からいぶかり顔にのっそり出てきたものは、薄ぎたない白衣に同じくあかじみた白ばかまをはいたひとりの行者です。だが、その行者が、ぎろりと怪しく目が光ってひとくせありげなつらだましいでもしているだろうと思いのほかに、よぼよぼとした六十がらみの見るからに病身らしい老爺(ろうや)なのです。しかも、目がよくきかないとみえて、ためつすかしつしながら、しげしげと不意の闖入者(ちんにゅうしゃ)を見ながめていましたが、ひと目に八丁堀衆とわかる巻き羽織した名人のそでの陰に、小娘がおどおどしながらたたずんでいるのに気がつくと、やにわに顔色を変えながら、よたよたとあわてふためいて逃げ出しました。――せつな!
「大笑いだよ。足が二十本あったって、逃げられる相手と相手が違うんだ。神妙にしろ」
 ふところ手をしながら、いたって静かなものです。微笑しいしい、とっさにずいと名人がその行く手をふさぐと、伝法にずばりと手きびしい尋問の矢が飛びました。
「逃げるからにゃ、何かうしろぐれえことをしているんだろう。すっぱりいいな」
「へえい。なんともどうも――」
「なんともどうもが、どうしたというんだ。ただ震えているだけじゃわからねえよ」
「ごもっともさまでござります。まことになんともごもっともさまでござりまするが、いかほどおしかりなさいましても、てまえにだってどうもしようがござりませなんだゆえ、てだてに困り、つい盗み出せともったいらしく知恵をつけただけのことなのでござります。それが悪いとおっしゃいますなら、相談うけたてまえも災難でござりますゆえ、どのようなおしおきでもいただきまするでござります」
「ほう。これは少し妙なことになったようだな。やぶからぼうにおかしなことをいうが、てだてに困ってもったいらしく知恵をつけたとは、何がなんだよ」
 行者のいぶかしいことばに、名人の疑惑はにわかに高まりました。
「相談うけたてまえも災難だとは、いったいどんな相談うけたんだ」
「どんなといって――、では、なんでござりまするか、何もかもこの小娘からお聞きなすってお調べにお越しなすったんじゃないのでござりまするか」
「いかほどきいても口をあけずに、知りたくばこちらへ来いといわぬばかりでどんどん連れてきたから、何かいわくがあるだろうと乗り込んだまでなんだ。どんな入れ知恵つけたかしらねえが、人より少しよけい慈悲も情けも持ち合わせているおれのつもりだ。隠さずにいってみな」
「いや、そういうことなら、むだな隠しだていたしましても、三文の得になることではござりませぬゆえ、申す段ではござりませぬ。まことに面目(めんぼく)のないしだいでござりまするが、この子たちの嘆きをまのあたり見聞きいたしまして、いかにもふびんでなりませなんだゆえ、老いぼれの身にくふうもつかず、子を捨てろと教えたのでござります。と申しただけではおわかりでござりますまいが、まことにこの子たちほどかわいそうな者はござりませぬ。住まいはつい向こう横町の裏店(うらだな)でござりまするが、働き盛りの父御(ててご)がこの春ぽっくりと他界いたしましてからというもの、見る目もきのどくなほどのご逼塞(ひっそく)でござりましてな、器量よしのまだ若い母御が残ってはおりますというものの、女手ひとりではどんなに器量ばかりよろしゅうござりましたとて、天からお米のなる木が降ってくるはずもなし、二つになったばかりのその子のような赤子があるうえに、としはもいかぬこんなきょうだいふたりまでもかかえて、なに一つ身に商売のない女ふぜいが、その日その日を楽々と送っていかれるわけのものではござりませぬ。それゆえ、とうとうせっぱつまってのことでござりましょう。日ごろはただの一度行き来したことのない親類じゃが、なんでも板橋の宿の先とやらに遠い身寄りの者がひとりあるから、そこへ金策にいってくるとか申しましてな、赤子をその姉娘にあずけ、子どもたちばかり三人を残しておいて、十日ほどまえのかれこれもう四ツ近い夜ふけに、母親がたったひとりで、ふらふらと出かけていったのでござりますよ。ところが――」
「待てッ、待てッ、ちょっと待てッ」