右門捕物帖
卒塔婆を祭った米びつ

佐々木味津三

右門捕物帖
卒塔婆を祭った米びつ書籍情報


底本:「右門捕物帖(三)」春陽文庫、春陽堂書店
   1982(昭和57)年9月15日新装第1刷発行
入力:tatsuki
校正:kazuishi

右門捕物帖
卒塔婆を祭った米びつ 7

佐々木味津三

「は……?」
「ちとおかしいな」
「何がおかしいのでござります」
「ここから板橋の先までといえば、一里や二里ではきかぬ道のりじゃ。にもかかわらず、女ひとりが四ツ近いというようなそんな夜ふけの刻限に、それもがんぜない子どもばかりを残してふらふらと出かけたというは、ちと不審じゃな」
「そうでござります、そうでござります。じつは、てまえどももそれを不思議に思っておりましたところ、どうもあとの様子がいかにもふにおちないのでござりまするよ。その晩出ていったきり、たよりはおろか、もうきょうで十日にもなるのに、なんの音さたもござりませんのでな、町内の者もいろいろと心配いたしまして、子どもに板橋とやらの親類先をきいたところ、そんなところはいっこうに聞いたことも、聞かされたこともないというてらちは明かぬし、二日三日のおまんまを恵む者はあっても、七日十日とそうそう長い間あかの他人のめんどうをみる者はござりませぬ。それゆえ、とうとう子ども心に思い余ったのでござりましょう。その子がきのうの朝とつぜんてまえをたずねてきたのでござります。それもただ来たのではござりませぬ。おじいさんは神さまに仕える行者ゆえ、人の目に見えぬことでも見通しがつくはずじゃ。母はどこにいるか、どうしたら帰ってくるか、神さまとご相談して早く呼びよせてくれと、こんなに申しながら、泣きなき訴えたのでござります。なれども、お恥ずかしいことながら、てまえとてただの人間、千里万里先のことまでもわかるはずはござりませぬゆえ、ふびんと思いながらも、てだてに困りまして、いろいろと考えましたところ、もしやと思いついたのでござります。かわいい子どもをのこして自分だけ身をかくすなんてことはめったにある道理はござりませぬが、広い世間には鬼親もないわけではござりませぬ。ひょっとしたら、あの器量よしの若後家も、おまんまいただけぬつらさから、ついふらふらと心に魔がさし、子どもたちを置き去りにして、自分だけどこかへ姿を隠したのではなかろうかと存じましたのでな。いっそ思いきって、日本橋か浅草か、人通りのしげい町中へ子を捨ててみろと、入れ知恵したのでござります」
「異なことを申すな。人通りのはげしい町中へ捨て子をしたら、なんのまじないになるのじゃ」
「べつになんのまじないになるのでもござりませぬが、人出のしげいところへ捨て子をしておけば、それだけよけいひと目にかかり、それだけよけい評判も高まる道理。伝わり伝わって、捨て子のうわさが江戸のどこかに隠れている母親の耳にはいりましたら、よし一度は思いあまって邪慳(じゃけん)な心となった鬼親でござりましょうとも、やはり真底は子どもがかわいいに相違ござりませぬゆえ、もしや置き去りにしたわが子が捨てられたのではなかろうかと、うしろ髪引かれて姿を見せぬものでもあるまいと思うたからでござります。何をいうにも行き先はわからず、居どころ隠れどころもわからぬ人を呼び返そうというのでござりますゆえ、そんなことでもするよりほかに、この老いぼれにはよいくふうがつきませなんだのでござります」
「いかさまな。見かけによらず、なかなかの軍師じゃ。しかし、それにしても、よそさまの子どもまで盗み出して捨てさせるとはどうしたわけじゃ」
「ごもっともでござります。そのおしかりはまことにごもっともでござりまするが、ひとりよりはふたり、ふたりよりは三人と、数多く捨て子をさせましたならば、それだけうわさも高まりましょうし、高まればしたがって母ごの耳にも早く伝わるじゃろうと存じましたゆえ、悪いこととは知りながら、その姉娘に入れ知恵つけて、似通うた年ごろの子を見つけさせ、こっそり盗み出させたのでござります。それもこれも、みなこの娘たちがふびんと思えばこそのこと、お目こぼし願えますればしあわせにござります」
「なるほどな。ひとのだいじな宝を盗ませて世間を騒がした罪は憎むべきじゃが、かわいそうなこのきょうだいの嘆きを救おうためのこととあらば深くはとがめまい。しかし――」
「なんでござります」
「これはなんじゃ。この畳(たとう)紙をぞうりの中にはさんでおいたは、なんのいたずらじゃ」
「それはその――」
「それはその、どうしたというのじゃ」
「なんともはや面目ござりませぬ。かようなことを申しましたら、さぞかしお笑いでござりましょうが、相手は子どものことゆえ、なんぞもったいつけねば納得いくまいと存じまして、ぞうりは足にはくものであることから思いつき、母ごの行くえにも早く足がついて居どころがわかりますようにと、しかつめらしく畳御幣をはさんで、まくらにさせるよういいつけたのでござります」
「ちぇッ、なんでえ、なんでえ! 子どもだましにもほどがあらあ。おいら、なんのまじないだろうと、どのくれえ首をひねったかわからねえじゃねえか。みろ。おかげでこんなに肩が凝りやがった。これからもあるこったから気をつけな」
 聞いて、なにごとによらずおにぎやかしい伝あにいはたいそうもなくふきげんのご様子でしたが、名人はさわやかに微笑を浮かべたままでした。ぞうりは足にはくものゆえ、母よ早く帰れと書いた畳御幣をその間にはさんでおいたら、たずねる人に早く足がつくだろうとは、行者のおやじなかなかにしゃれ者だったからです。
「じゃ、もう聞くことはあるまい。そろそろあごをなでなくちゃならなくなったようだ。あにい、代わってその赤子を抱いてやんな」
「え……?」
「器量よしの若い後家さんが、夜ふけにひとりでどこの板橋へ金策にいったか、その眼(がん)をつけに行くんだから、赤子を代わって抱いて、おとなしくついてこいといってるんだよ。――ねえや、このおじさんは行者じゃねえが、千里も万里も先が見える目玉が二つあるからな。きっと母(かあ)の居どころを見つけてやるぞ。泣かいでもいい、泣かいでもいい。もう泣かいでもいいから、おまえのうちへ連れていきな」
 うれし泣きに泣きつづけながら、急に元気づいて、ころころところがるように駆けだしていった小娘を道案内に立たせながら、いかなる秘密もあばかねばおかじといわぬばかりの面持ちで、名人は自信ありげにそのあとを追いました。